衆議院選挙を控えて(2012.11.28)

選挙.gif11月16日に衆議院が解散し、12月4日公示、12月16日投票の日程で総選挙が行われることになった。
政党の動きが盛んである。政党乱立!公職選挙法・政治資金規正法などの政党関連の法律に照らし合わせて、14もの政党が取上げられている。政治家も政策はどうか、どこであれば当選できるか?など様々な思惑で動きがあった。

 総選挙を控えてマスコミも、多くの時間を割いている。
しかし、多くのマスコミでの話題は、原発は反対なのか賛成なのか?、TPPはどうか? 消費増税はどうなのか? ○×判定での議論が目立つ。限られた時間の中で政党比較をするため、やむを得ないのであろうが、投票行動を誤った方向に導いてしまうのではないかとの危惧を抱いてしまう。
単発のテーマだけを捉えると、例えば、福島の状況を見て原発推進を望む政党はあるのだろうか TPP問題は業界により両論ありそうである 消費増税についは、懐の痛む増税を望む人はいないはずである。
 政策は、単発テーマだけをで○×判定を行うのではなく、国政を担う政党を目指す以上は、どのような日本に導くのか、そのための手段として原発問題、TPP問題、消費増税(税制度)や社会保障制度など複雑な関係を踏まえて決められているであろうし、優先順位やタイムスケジュールも決まると考える。
また、そもそも国のあり方が中央集権なのか地方分権(主権)なのか、資本主義国家なのか社会主義国家なのかなどが大きく関係するはずである。
 今回の選挙では、目的とする日本のあり方はどうなのか、手段として何を行うのか、実行力はどうか、政策担当能力はどうかなど、トータルで考えて自分が最も信頼できる候補者、政党に投票したいと考える。(スタッフI)

長野県上田市の地域活性事業に触れて(2012.10.11)

IMG_1063.JPG

 

 先日長野県上田市の母袋(もたい)市長さんとお会いし、お話を聞く機会がありました。
 市長さんは、観光大使がごとく、市の魅力を判り易くお話ししてくださり、自然に触れ、文化に触れ、色々な方と交流した二日後には、私はすっかり上田市に魅了されてしまいました。

  若かりし頃、何度もスキーで長野を訪れていたというのに、農産物といえばりんごと野沢菜しか知らず、温泉を利用したこともなく、六文銭の家紋を何度となく目にしながら、真田幸村ゆかりの地ということさえ知りませんでした。

 

 真田幸村と言えば、和太鼓の演奏を見せていただきました。それはリズムや音を楽しむ「音楽」というジャンルとは全く違ったもので、戦国時代の合戦シーンを太鼓で表現しているという、それはそれは迫力ある、初めて目にする和太鼓演奏でした。

 滞在していた2日間の中で、いくつかの和太鼓チームの演奏を見せていただいたのですが、子どものチーム、年齢層の幅広い(子どもから大人まで含まれる)チーム、女性だけのチーム、セリフも入る演劇のような演奏をされるチーム・・・どのチームを見ても圧倒されるばかりでした。

 また、上田市はスポーツ振興にも力を入れておられ、マラソン大会も26回と歴史があり、数年前より公認コースとなって、全国から市民ランナーが参加されているそうです。

 

 母袋市長さんは、上田市の魅力をもっと知ってもらおうと、NHK大河ドラマ放映の実現を進める会の一員となり、誘致活動を行っておられます。署名も集まり、既に提出を終えているとのこと。歴女に人気の真田幸村公。大河ドラマのロケ地になる事で、上田市が全国的に周知されると観光客も増えるでしょう。大河ドラマ誘致の経済効果は既に過去のデータからも明らかです。

 地域経済を活性化させるためにさまざまな努力をされている上田市。自然、歴史、文化など、さまざまな観光資源もある市だけに、これらの活動が実を結ぶ日が来る事を願っています。

 

最後に、上田市の市のホームページ内にとても魅力的なページを見つけましたのでここにご紹介します。
「信州上田観光情報」ページの左メニュー欄と「上田市の歳時記」のページ。四季折々の風景、各種イベントの写真を見ていると、また上田市を訪れ、今度は何らかの行事に参加させていただきたい気持ちになりました。(スタッフM)

 

 -- 参照 --
  大河ドラマ誘致による経済効果
    【八重の桜(2013年放映予定)】

    NHK大河ドラマ「八重の桜」の放映に伴う県内経済への波及効果
    http://www3.boj.or.jp/fukushima/hoka/yae.pdf
    掲載日:2012-07-14  発表元:日本銀行福島支店

 

    【平清盛(2012年放映中)】

    大河ドラマ「平清盛」放映に伴う広島県における経済効果
    http://www.energia.co.jp/eneso/keizai/research/MR1204.pdf
    掲載日:2012-04-03  中国電力 エネルギア総合研究所

子育てとは親だけのものではない(2012.8.28)

IMG_0953.JPG 「三つ子になった雲」という作品を読みました。不治の病で10年間も患い、わずか16歳で亡くなった少女の物語です。この少女のように、生きたいのに生きられない命がある一方で、いじめや虐待による幼い子どもの死の報道を耳にすると、なんともやりきれない思いに苛まれます。
 命の重さを考えると、大人も子どもも差はありません。が上記のような子どもの死については社会のあり方によって回避できるような気がしてなりません。
 いじめ自殺のほとんどの原因は学校に行けない、というもの。「人生の全てが学校」なのではない、他に幾らでも生きる場所はあるし逃げる場所もある。それを伝えるのが間に合わなかったのだと思うのです。未必の故意といえるのか、幼児虐待も、周りが気付きさえすれば死を回避できる可能性は大きいと思うのです。
 子どもというのは未来を担う、社会の財産です。日本の将来、地球の未来を託すという意味で、子育てというのは、何も子を持つ親だけの作業ではないということに、皆が気付いてほしいと思うのです。
 教育関係者だけではありません。コンビニ、図書館、テーマパーク…に勤める方は、直接子どもの話を聞くことができるかもしれません。直に関わりを持たないまでも、自分の周りの人(子ども達)に関心を寄せることで、何か出来ることに気付くかもしれません。
 小さな交差点で目にする赤信号での横断。せめて子どもがその場にいる時は、社会の模範を示す責任を果たして下さい。そういうルールを守るというところから、人を傷つけてまで思いを通す、という行為が減るかもしれません。他人を思いやる心や、社会秩序、マナー、我慢などを子ども達に教えるのは、社会の誰にも当てはまることです。

 今回読ませてもらった「三つ子になった雲」の著者は、この少女と類似した不治の病の患者さんだそうです。手の施しようのない難病の存在を世に知らしめるために、動かない手の代わりに口でパソコンを操作してこの作品を書き上げたそうです。
 不治の病に対して、医療知識の無い者にも出来ることは骨髄バンクなどの登録や献血、募金でしょうか。私たち大人に今何が出来るか、まずは周りの子ども達の模範になる、そして周り(の子ども達)に気を配る、そういうところから始めて欲しいと思います。(スタッフM)

高齢化時代の医療政策研究について感じたこと(2012.8.23)

 救急車.jpg

 19日の新聞記事で、千葉大医学部に、高齢人口の増加に対する医療政策を提言するために「高齢社会医療政策研究部」を今年4月に初めて設置された、という事を知った。千葉県内には「医療系シンクタンクがない」ことから、大学側から県に呼びかけて寄付支援を受けて新設、平成24〜25年の2年間研究、公募した医療、経済、工学などの研究者4人が研究にあたるという。研究の目的は「@千葉県における高齢社会の現状、今後の人口推移と医療需要分析、これに必要な医師や看護師数を算出 A現状の高齢社会の医療計画の検証 B千葉県内の健康教育や啓発事業との連携 C具体的な県の医療政策への提言」である。聴診器.jpg
 人口10万人あたりの47都道府県の医療資源を比較すると、千葉県は医師数45位、看護師数45位、病床数45位と全国でも最低レベルの状況が続いていて、看護学生数45位、医学生数に至っては47位と最も少ない。また、千葉市では現在と比較して2030年の入院患者数は1.6倍、死亡者数は2倍になると試算されている。今後の高齢者人口の急増を考えると、十分な医療の対応が出来にくいだろうと簡単に想像できる。私が住む千葉県が、このような深刻な状況だったとは、とても残念で悲しい気持ちになると同時に、知らなかった自分の無関心さを恥じたい。この後、どのようにして改善していくのか、とても気がかりで心配である。
 戦後すぐの時代から比べると、私たち日本人の平均寿命もはるかに延びて長生きが出来るようになった。その主な要因は、医療技術の進歩、衛生状態や栄養状態の改善、国民皆保険制度の創設などによるところが大きい。今後の社会保障制度がどうなって行くのか、その動向に注目したいと思う。
 高齢になるにつれて体力的に機能も衰えて、何らかの病気にかかりやすく、持病をかかえてしまうのも否めないが、少しでも元気でいられるように願うのが誰しも同じ心情で、最後は在宅でのみとりを希望する人が多いのではないだろうか。国も在宅でのみとりを増やす方針をすすめているが、支えるその基盤となる看護・介護職が増えていく見込みもはっきりと見えてこない現状である。少子化、核家族化も進み、状況によっては一人住まいで子供が一緒に住んでの在宅看護が出来ない場合もあるだろう。高齢化時代の医療問題は、どの自治体でも重要な課題であり、多面的に考えていくことが必要だろう。千葉県においては、大学が行う医療政策研究における提言がどのように実際の政策に活かされていくのか、私は強い期待を寄せて、関心を持っていきたい。(スタッフY)

買い物弱者問題を考える(2012.7.3)

 本年の農水省の調べでは「買い物弱者」が全国で910万人に上るという。「買い物弱者」(買い物難民)とは、スーパーなど最寄りの生鮮食品店まで自宅から遠く、徒歩での買い物に不便を感じる人の事いう。直線500m以上離れ、自動車を持たない人を対象とすると、北海道(1位)と長崎県は人口の約1割だった。自動車の有無を問わないと、4400万人と推計されるという。高齢化が進む将来は、さらに人数は増えるのではないだろうかと危惧される。

 買い物弱者、買い物難民の問題は何年も前から指摘され、問題視されている。日本全国どこの自治体でも直面している問題だろう。人口の減少、高齢化の進行、地域の衰退が進み、買い物、医療、交通などの日常生活に欠かせない生活インフラの弱体地域が発生している。農村地や過疎地だけでの問題ではなく、都市部のニュータウンや地方の中心市街地でも実際に起こっているのだ。

 駅から離れた住宅街に住む知人は、高齢により車を手放した。徒歩で行ける距離にスーパーがなく、運転する車が足代わりに出来た時は何の問題もなかった。バス利用での買い物は、帰りには手に重い買い物袋を提げ、混雑時には満足に座席に座れない時もあると言う。このように、日常生活に必要な物、毎日の食を支える食料品等の買い物をする店が遠ければ、高齢者にとっては一仕事で、かなり不便を伴うものだと実感できる。

 昔はある程度の規模の町なら、歩いて行ける距離に商店街や小型スーパーがあり、必要最小限度のものは揃った。しかし、時代の流れで、駅前に大型スーパーや、また郊外に総合ショッピング施設が出来ると車の利用や人の流れが変わり、また地域人口の減少、高齢化が進むことで徒歩圏のスーパーや小型店は採算が取れずに閉店に追い込まれた。一部の地元商店街でも影響を受けてシャッターを閉めてしまう「シャッター通り」現象も生まれている。自宅から近い場所で買い物が出来ることは、日常生活に便利さと安心感を与える要因のひとつだと感じている。現在では、買い物弱者への対策として、大手スーパーなどで食材の宅配やネット注文、また、自治体でも買い物支援に取り組んでいる。最近では、大手コンビニ会社が、高齢化の進む秋田県に進出、宅配に力を注ぐという。秋田県は昨年10月時点で、65歳以上の高齢化率は29.7%(人口減少率5.2%)で全国一の高齢県だ。出店場所は、住宅街などに近い「自宅から歩ける場所」で、高齢者の来店を意識して決めたそうだ。高齢化社会が進む中、買い物弱者問題は避けて通れない切実な問題だ。このように民間主体と地方自治体での行政支援と、双方の連携がますます必要となってくるだろう。私は今後の動向に期待したい。(スタッフY)

最近の報道に思うこと(2012.6.8)

TV PEN052.jpg 政局優先で混迷する政治、原発再稼動と電気料金値上げの応酬、がれき処理などなかなか進まない震災復興、デフレ脱却できず、欧州経済危機も相まって進む円高、オウム逃亡犯の追跡など暗い気分になる、怒りを感じる、或いは先行きに不安を感じるニュースが連日のように繰り返し流されている。誰が悪い、犯人を探せ、追求、追及・・のオンパレードである。このような状況が、長い間続いていると感じている。
 マスコミは読者が望む記事をより重く、興味を持たせるように取り上げる。マスコミもビジネスの面も持ちあわせる以上、当然なことであり、決して否定するものではないが、多くの時間をさいて、ネガティブな気分になったり、マスコミに誘導されているのではないだろうかと疑問を感じつつ興味を持ってしまう。悪循環はないだろうか?

新聞受け CMX126.jpg 昨年を振り返ると、やはり東日本大震災をはじめとする暗いニュースが多かったが、なでしこジャパンの活躍や著名人や海外からの被災地支援のニュースなどで和まされるようなニュースも少なからずあった。スポーツのニュースは一時的ではあるが和み、勇気を与えてくれる。まもなくロンドン五輪も開催され、活躍する選手の話題が、一時的な和みを与えてくれるのだろうと予想する。
 スポーツを離れても、例えば、福島原発の対応にも頑張っている人がいる、震災復興にも厳しい環境の中で頑張っている人はいる、世論の厳しい批判を浴びながら、電気の安定供給のために頑張っている電力会社の社員もいる。
 ニュースには、視点を変えれば表の面と裏の面がある。決して、臭いものにフタをしろと言うのではないが、頑張っている人を応援する、遅いながらも前に進んでいるというようなポジティブな視点でのニュースが増えて欲しいものである。

 地方の政治に目を向けると、大きなニュースの影で、本年2回目の定例議会がはじまっている。どれだけの人が関心を寄せているだろうか? 地域の将来や、問題解決に向けた議論を経て、施策が決定される大事な場である。より多くの人が、自分たちの代表として地域のために頑張る議員を応援して欲しいと願う。<スタッフI>

介護現場での人手不足問題を考える(2012.5.30)

洗濯FMY2022.jpg 少子高齢化が進む中、介護現場では慢性的な人手不足が続いていると伝えられている。私は、TVや新聞などの情報で幾度となく見聞きしていたが、浅い認識程度しか持っていない。その背景にはどんな事情や問題点があるのかを知りたくなったので、少し考えてみたい。

 調べてみると、介護職で働く人は、2009年は134.3万人(厚生労働省・介護サービス施設・事業所調査)将来、2014年には140〜160万人、さらに2025年には212〜255万人が必要とも試算されている。これほど急激に多くの人手が必要と予想されることから、日本の高齢化へ進むスピードがいかに速いものであるかを感じずにはいられない。人手不足が続いている中、新たに介護職に携わる人をいかに確保していくか、そして仕事の質を保てるように人材育成をしていくことが必要不可欠だと思う。

 厚生労働省の調査では、2011年12月現在、有効求人倍率は、全職種(パートを含む)では1.02に対し、介護職1.74である。2009年の調査では、離職率は全産業平均が12.9%に対し、介護職17.2%と高い。不景気が続き、経済の回復も思うように進まないなか、就職難で苦しむ人が多いのが現状だ。介護職に雇用の需要があるのならば、その仕事で働きたいと考える人も増えるかもしれないと感じる。しかし、状況の改善がみられないのは何故か。離職率の高さの原因を知ることで見えてくるのではないだろうか。

 仕事の内容が、きつい(介護施設では夜勤がある、休日が不定期で有休も取りにくい、身体介護や入浴介助等で体力必要・腰痛などの不安)汚い、危険(感染症や怪我などの不安)と3Kと呼ばれたりしている。こうした仕事の内容の割に給与が一般他職に比べて低く、格差があると言われている。また、介護現場で働く人からは、仕事への社会的評価が低いという声も聞かれるという。介護労働は、介護を受ける人の生活や生命、人生を支えるような大切な仕事だと言える。相手のために役立てることにやりがいや、ささやかな喜びを感じるなど、仕事の意味を見出せている人でないと、長く介護現場で働き続けられないのではないかと私は感じている。さらに人手不足からくるハードワークで健康面、精神面の心配もある。給与の低さに介護職に見切りをつける人、少しでも条件の良い事業所を探して移っていく人も多いという。

 こうした様々な問題点を抱えながら、将来に向けて介護職の人手を増やしていくにはどうしていけば一番良いのか。やはり、介護職場の環境、労働条件、給与面など待遇の改善がされていくことが求められるだろう。

 日本の社会保障制度、介護保険制度、福祉政策などの専門的な知識を持たない私には分からないことが多い。少子高齢化が進み、今後の介護問題は決して避けては通れない。国や地方自治体など、行政機関で色々と論議され、介護職の人手不足解消と待遇面の改善など、様々な問題点のより良い解決をはかって欲しいと要望したい。(スタッフY)

少子高齢化と孤独死(孤立死)を考える(2012.4.23)

少子高齢化.jpg 総務省は4月17日、2011年10月1日現在の人口推計を発表した。総人口1億2780万人。前年と比べ人口約26万人の減少で過去最大の下げ幅となった。少子高齢化と昨年の東日本大震災で帰国による外国人の減少が関係しているようだ。また、出生者数から死者数を引いた「自然増減」が過去最大の18万人減となり、少子高齢化が進んでいることがあらためて理解できる。

 家族構成は核家族化が進み、子供が独立した後は、子供と一緒に住まない高齢者も増えている。ここ数年間で、死後数週間経ってから発見されるというニュースが、新聞やテレビで時々伝えられることが増えたように感じる。見聞きするたびに心が痛み、何とか防げないものかと憂える気持ちになるのは、決して私だけではないだろう。

 4月11日には有料老人ホームの自室で87歳の入居者が病死後1週間で発見された。介護が不必要で自立した生活をしており、入居時から「干渉して欲しくない」と、人との関わりを拒んでいたようだ。プライバシーを尊重し過ぎるあまり、職員が常駐している施設で、助かったかもしれない命が、孤独死となってしまうのでは、何ともやりきれない。老人ホームでの課題は、入居者の閉じこもり、孤立防止と認識している施設関係者が多いようだ。19日にも72歳の高齢者が死後数カ月経って発見される孤立死があった。やはり、まわりからの支援を拒絶していたという。

 独身、又は子供や親せきがあっても近くに住んでいない、隣近所との付き合いもほとんど無いような状況で、生活を支えるお金にも困窮するという貧困問題が重なれば、突発的な病気発症によって、長い間、誰にも気付かれずに死に至ってしまう可能性が非常に高いと思われる。

 先日、ヘルパーをしている知り合いから話を聞いた。介護支援を受けている独居高齢者なら、たとえ家にこもりがちであっても、健康状態、生活状態をある程度把握でき、急を要することがあれば必要な連絡手配も出来る。しかし、何の支援も受けず外部接触がない人は、状況把握が出来ない心配があると話していた。

 全国の各自治体では民生委員や、NPO、民間のボランティアなどによる訪問、見守り支援など、様々な取組みや対策を講じている。4月18日、千葉県市川市と東京電力京葉支社(千葉県船橋市)は、検針で訪問した際に住民の異変を察知した場合や、生活苦で電気料金が払えないなどのケースがあった場合、本人の承諾を得た上で、同支社から市に連絡することを盛り込んだ協定を結んだ。命にかかわるような緊急性があると判断した時には、本人の承諾なしで連絡するという。こういう良い取り組みであれば、まだ実施していない自治体でも、協議して是非取り組んで欲しいものだ。プライバシーを尊重しつつも、時と場合によっては柔軟な対策を講じる必要があると思う。

 また、私たちは行政支援の充実を願うだけでなく、少子高齢化が現実問題として根底にあるのだから、決して他人事のように思っていてはいけない。将来の自分のこととして考えてみることが必要だ。おのずと、身近な人、隣近所の人等への優しい思いやりや気配りを持つことが大切だと分かってくる。(スタッフY)

東日本大震災から一年、考えたこと(2012.3.8)

土筆.jpg 3月11日で大震災から一年が経つ。被災地の人々は、様々な厳しい現実問題に直面し、時に涙を流し、悩み苦しみながらも、少しずつ前を向いて懸命に生きている。しかしまだ被災者の多くは、命が助かったという喜びがある反面、大切な家族や友達、多くの人々を失った深い喪失感を心の中に持ち続けている。いのちの尊さを知り、生きることの意味を問い続け、その答えを探しながら生きていくという、手探り状態の毎日ではないだろうか。被災地で生きていくには、まずは住居の再建をどうするか、収入を得るための職業を見つけることが急がれるだろう。復興が進まないことには、安定した生活は始まっていかないと思う。

 時事通信社が行った2月の全国アンケート調査では、参加した人の81.2%が、復興は進んでいないと回答。また、3月3〜4日に朝日新聞社と福島放送が共同世論調査(電話)を福島県民に行った結果では、復興への道筋がついていないという人が92%に達した。多くの人達が復興へは今後の展望を持てないでいる心境なのだ。震災後しばらくは、世界から、日本中からの温かい支援や多くのボランティアの参加があった。それが月日の経過とともに徐々に減少し、冬の間は降雪でボランティアの訪れが激減したという。まだまだ復興に向けて人手の必要な作業は被災地には多く残されているのが現状だ。

 立教大学など首都圏の大学が中心となって私立大学が共同で、4月に被災地支援を目的とする「東北再生私大ネット36」を設立し、学生のボランティア活動の拠点となる研修センターを建設する。「各大学の特色を生かして、産業再生、観光振興など被災地の振興支援をするとともに、宿泊施設を設けて学生の体験学習の場としても活用。学生たちは、被災地のニーズに応じたボランティア活動を行うほか、農作業などへの参加、復興再生のアイディア提供などを行う」という。私はとても良い取り組みだと心から思った。被災地に良い刺激と活気を与えるし、何よりも若い学生が都会では経験できない農作業を通して、食と農と自然の関わりを少しでも学べる。また、様々なボランティア活動と復興再生のアイディアを考えることで、学生たちの将来の職業選択に幅をもたせられて、夢が広がっていくのではないだろうか。若い時に培った経験と努力は、その後の人生に貴重な良い影響を与え、机上の勉強だけでは学べない宝となるはずだ。
 
 被災地へボランティア参加をすることは、少しでも被災地や人々の役に立ち、喜んでいただける。それがまた、参加者の生きる喜びにもつながっていくはずだ。ボランティア同士のつながり、地域住民との温かい心のふれあいも生まれるだろう。季節は春、草木が芽吹く心地よい季節だ。今後も継続的に多くのボランティアが被災地を訪れるように期待したい。
 
 国や自治体には、復興が予定より遅れることなく進められ、被災者の方々の安定した生活への支援を切実にお願いしたい。復興には長い何月がかかる。様々な支援継続を、たゆみなくしていく必要があると強く感じる。(スタッフY)

安心感のある食事について考える(2012.1.22)

お膳.jpg 朝日新聞社と京都大学・環境衛生研究室による共同調査で、福島、関東、西日本に住む53家族の1日の家庭での食事に放射性物質セシウムがどれだけ含まれているか測定された。結果としては、福島県や周辺の食卓では、国の基準を大きく下回ったが、放射性セシウムが含まれていることが分かった。家庭で実際に食べている食事を一人分多く作ってもらい調べる「陰膳方式」の手法で測ったという。 今回の調査では、食材ごとには測定していないので、どの食材で各家庭での値の差が大きくなったかは、正確にはわからない。福島、関東、西日本の順でセシウムの量が下がっていたという。

 現在、各自治体は出荷される食品を抜き取って放射線量を調べ、基準値を上回る食品は出荷を止めている。よって、今回の調査で国の基準値を大きく下回ったというのは、頭の中では理解できる。しかし、検査をすり抜けて出回る食品があるかもという消費者の不安や心配は、拭い去れないのではないだろうか。

 内部被ばくによる健康への影響は、何ミリシーベルト以下なら安全という境界線はない。誰もが、好きこのんで放射性物質を体内に多く取り込みたくないだろう。出来るだけ少ないものを安心して毎日の食事で摂取したいと考える気持ちがあって当然だろう。特に妊娠中の女性や幼い子供を育てている家庭においては、今後の健康にどう影響が出てくるのか心配だろう。実際に身近にいる知人数人に聞いてみると、幼い子供、成長盛りの子供には、なるべく安心できる食材を与えたいと話した。少し遠いスーパーでも、関西や西日本地方産の食材が多く揃っているお店を利用や、宅配利用で食材を購入している人もいる。

 私は、放射性物質のことについて詳しくないし、基準値がこうだから大丈夫で安心ですよと言われても、正直のところあまりよくわからない。国や自治体の検査や基準値を信じるしかないのだ。何かが起こってから、後で数字やデーターが示され、または改定されていくように感じている。一部の流通業者や飲食店では独自の放射性物質の基準値を設け、取り扱う商品を選んでいる。利用する消費者にとっては、わかりやすくて安心できる。しかし、厳しくし過ぎてほとんど入っていない食品と限定すると、生産者への風評被害につながってしまうことにもなる。安全と供給、このバランスがうまく取れていくのだろうか?厚生労働省は4月から食品に含まれる放射性セシウムの新しい基準値を適用する。私たち消費者に安心できる情報の開示と検査の継続を今後とも求めたい。

 先日、地域の生協(コープ)で、今後に期待と要望のアンケートがあった。私は、取り扱う食品の安心と安全を求めたい。消費者に分かりやすく情報を知らせて欲しい、安心して買い物をしたいと記述した。私は、誰もが毎日の食事が楽しく、心から安心感を覚えられるようにと願う。(スタッフY)

幸福度について考えたこと(2011.12.22)

雷門コラム用写真.jpg 幸福度、幸せとは?主観的なものであるが、現在、その幸福度について注目、研究がされている。昨年から、内閣府は幸福度指標(国民の豊かさを測る新しい指標)作りについて研究を進め、12月5日にその試案を発表した。132の指標をそれぞれ数値化し、国民が幸せかどうかの物差しにしたいという。

 また、11月には法政大大学院の坂本光司教授が「47都道府県の幸福度に関する研究結果」を発表。幸福度と連関すると考えられる合計特殊出生率や平均寿命など40の指標を抽出、点数をつけて順位付けした。(注・東日本大震災での影響は反映していない)1位は福井、47位は大阪。坂本教授は「ランク付けが目的ではなく、幸福度を高める地域づくりの方策を示したかった。幸せ度は住む人々の努力で変えられると思う。3年後に一度程度データを更新予定」と言う。

 そのランキングで最下位となった大阪では、先日のW選挙で圧勝した、新市長の橋下氏が大阪の大改革に乗り出す構えだ。多くの府民は今まで感じていた閉塞感を打ち破って、大阪を良く変えたい、今よりも幸せ感が高まることに強い期待を持ったのだろう。大阪府在住経験のある私も今後の大阪に期待をしたい。様々な努力の結果が3年後の調査でどのように出てくるのか、順位の変動は?この結果も気になるものだ。

 幸福度を数値化や指標を作ることに疑問視する意見もあるだろう。だが、国や自治体が施策つくりに生かしていくとすれば、決して無駄ではないと私は信じたい。

 価値観が多様となった現在、幸福感とは、経済的な豊かさがあれば得られるというものではなく、心の豊かさも必要な世の中になってきている。さらに3月の東日本大震災を経験したことで、人々の価値観は大きく影響を受けて変化した。人は一人では生きていけない、何らかの形で他者と支え合い、つながりを持っている。特に今年は「絆」の大切さを感じた一年だった。

 幸せについて、いろいろなことを考えていると、喜びを身近なところで感じられるような世の中にして欲しいと願う。それには、当然私たちも社会に無関心でいてはいけない。関心を深めていくことが、自分の幸せにも関係してくる。幸福度、幸せの物差し作りは、是非とも持続性のある取り組みにして欲しい。(スタッフY)

これからの大阪府に関心を抱いて(2011.12.8)

大阪府.jpg 大阪府が、大阪市が動き出した。
 橋下新市長率いる維新の会は、大阪府下の広域地域行政を一本化、府、市の二重行政を排除することで、都市基盤、産業基盤の整備を進め、更に大阪全体の財政も見直すとのこと。また、このマニフェスト実行に際し、最後は住民投票に判断を委ねる、という。
 現在、大阪府内の区長は市の職員であるため、区長でありながら、区での決定権が無い。区長に権限と財源を与えたることで、民意に根差した制度が実現できるとしている。

 千葉県民である私は、今年度、春、秋の千葉県議会を傍聴し、まさしく上記のようなジレンマを目の当たりにしてきたため、今回の大阪知事、市長選の結果に大いに期待をしてしまう。
 千葉県の議会内容は、3月の震災での被災者支援、防災対策。野田総理のTPP交渉参加表明を受けて、農業県、漁業県である千葉の産業を守ってほしい。成田空港発着拡大に向け、防音対策、環境保全、そして産業流通、成田空港利用者のためにもインフラの整備を早く…等、数ある質問に対し、行政側の回答は「国と調整し」「国に対して拡充予算を要請したところ」「諸所連携を取って進めているところ」という国任せ的な文言ばかりが記憶に残っている。
 これからの大阪が、国に頼らず自ら動くことで、府民への還元が実現出来たら、他府県への影響は大きいだろう。ひいては地方分権が進むことに期待する。(スタッフM)

TPP参加に賛成?反対?(2011.11.8)

TPP画像.gif APEC開催を今週末にひかえ、野田首相は10日にも予定するTPP参加に絡んだ記者会見で何を表明するのか、決断の時期が迫っている。
 TPP交渉に参加しても、国益に反すればTPP締結はしない。いや、交渉に参加したら国際的信用問題から離脱はできない。早く参加し、ルール作りに加わらないで後から参加するのでは日本の意見が反映されない不利益なルールになるかもしれない。さまざまな意見が飛び交い、各省庁によるメリット、デメリットの数字も一貫性がなく、政治家も特定分野の代弁者となり、国民に対して明確な判断をくだせる情報が未だ提示されていないように思える。
 米国は国益のため自由貿易を推進し、TPPにより日本とアジア太平洋地域への貿易拡大を明確な戦略としている。やはり我が国には将来どういう国を目指すのかというビジョンが明確でないため、いざ決断の時になると右往左往し、時間ばかり経過していくのではないか。
 日本は間違いなく貿易立国であり、今後も貿易立国であり続ける場合でもTPP参加は不要なのか。FTAで十分やっていけるというなら、なぜFTAの方が良いのか、各々のメリット・デメリットを分かり易く説明をしてもらいたい。
 政治家は国民の代表として将来の国家像を示し、国民に広く理解を求める説明をし、国益を守るためのハードな外交交渉をする資質を備えている必要があると思う。日本に本当の政治家がいないことが今日の政治の混迷、経済の停滞、政策遅延による問題の深刻化などを引き起こしているのではないだろうか。
 前首相は「平成の開国」と言ったが、明治維新を成し遂げた時代の偉人・賢人に匹敵する人物の出現を心から願うばかりである。(スタッフK)

TPP 主婦A の意見(2011.10.21)

TPP.jpg ここ最近大きく取りざたされているTPP。報道が正しいとすれば、野田総理は答えを急ぎ過ぎてはないかと思う。大きく 産業派と農業派とに分けて 意見の相違があるようだが、そもそもTPPとは多岐に渡る《協定》だ。与党内さえも両派に分断されている程の大きなテーマを即決したい意はどこにあるのだろうか。

 漠然と聞いた話しでは どこかの国に出遅れるのが不利だという意見が取り上げられている。私は日本の産業の実力なら、例え一時 多国にシェアが流れたとしても日本の確かな品質に いずれ返って来ると信じている。オバマ氏にせっつかれたと言うなら、東北大震災の復興、福島原発の収束を理由にするなり「即答出来ない」と突っぱねるくらいの自己表示をして欲しい。アメリカに見放されはしないか、というなら、この機会にアメリカ依存を止め、インド、台湾、タイ、ドイツ…日本と仲のよい国と組むという 方向転換もいいのではないか、と思う。

 私が一番懸念しているのは 食料自給率の低下だ。TPPの話しが出る前から、先進国の中で食糧自給率が低いことを心配していた。TPPに日本が参加し、海外から安い農産物が入ってくると、長い不況に苦しんでいる消費者は安い方に流れてしまう。地球温暖化が騒がれる中、食料を輸入に頼るというのは あまりに無謀では無いのか。

 推進派は、協定の中身を決めるテーブルに着くために、早期参加の意思表示が必要というが、アメリカに追随する意見しか言ってこなかった日本が、今回に限って自国のメリットに繋がる意見を述べてくれるとは到底思えない。
 この協定にアメリカが参加すると言った時から、私はアメリカが、農産業に限らず、さまざまな分野でアジアへの関与を優位に進めたいと考えていると受け取っている。TPPの内容自体をもっと国民に判り易く情報公開してから参加、不参加を決断してほしい。(スタッフM)

ふるさとへの思い(2011.9.22)

 ふるさととは、どのようなものだろうか?一般的にふるさととは、生まれ育ったふるさと.jpg

思い出の詰まった、郷愁を覚える大切な場所だと言えるだろう。
 室生犀星は、「ふるさとは 遠きにありて思うもの・・・」と詩にしたためている。私は家族の転勤に伴い、生まれ故郷を離れて10年少し経ってしまった。距離が離れてしまい、頻繁に帰省することが出来にくくなってしまったが、私には、いつでも帰ろうとしたら帰れる場所がある。
まだ両親が健在で、温かく迎えてくれる。友人知人も多く、年齢を重ねてしまった今でも、ふるさとに帰れば昔の自分に戻れる。私を優しく包んでくれるような安心感を覚えるふるさとは、いつも心の中にあるように感じている。
 しかし、引っ越しなどで住んだ地域もまた、年月とともに生活をしていく中で、様々な人との出会い、色々な経験をするうちにその地域に愛着を覚え、第2第3のふるさとになっていくのではないか。 
 さて、早いもので震災から半年が過ぎてしまった。7月末までに岩手、宮城、福島の3県から3.6万人もの転出超過に達したと言う。あまりにも多い人口流出だ。その背景には、震災や津波の被害により家や働く場所などの生活基盤を失ったこと、放射線による不安から、住み慣れた町を去る苦渋に満ちた決断をすることになったと想像できる。ふるさとにとどまりたくても、働く場所、仕事がなければ暮らしを支えていけないと、不安が募るだろう。子育て中の家族にとっては、目に見えない放射線量におびえる人も少なくはないはずである。失業手当の給付切れ期限が迫る人も今後多く出てくると予想されている。
 国が設けた雇用創出基金を活用して、自治体が生む「つなぎ雇用」があるが、契約期間が数か月で時給も低めである。被災者の自立した生活の安定を考えたら、先の見えない不安を、どうしても抱いてしまうのではないだろうか。
 復旧、復興計画に遅れが出ているような状況である。いろいろと難しい問題点もあるのだろうが、多くの被災者が普通の生活を安心しておくれるように、一日も早くなって欲しいと願わずにはいられない。
 福島から5月頃に親戚を頼って関東に避難してきたAさんと偶然知り合った。震災で仕事を失い、家は海水に浸かり修理が必要な状態。放射線の心配と生活していくために仕事を探して働きだした。しかし将来に強い不安があると私に語ってくれた。彼女に心を寄せて、じっくりと耳を傾けた私は、安易に頑張ってという言葉をかけて良いのかと悩んだ。Aさんは自ら、「頑張ってと言うのは禁句のように言われているが、泣いて暮らしても何の解決にもならない。それならば、前を向いて明るく笑顔で毎日を生きていくしかない、頑張るしかないのよ」と明るく話してくれた。彼女から逆に強く生きることの大切さをあらためて教えてもらい、元気を分け与えてくれたように感じた。その彼女も事情があり、夏前に福島に戻っていった。ふるさと福島で、家族、周りの人たちと励ましあいながら、きっと明るく頑張って毎日を生きているのだろうと私は信じている。日本のどこに住んでも、皆、誰もが心の中に大切なふるさとへの思いを強く抱き、発展や明るい未来を祈り続けているのに違いない。(スタッフY)

夢や希望をもつこと(2011.8.18)

     ♪.jpg                             5月20日、音楽指揮者の佐渡裕氏が、世界最高峰であるベルリンフィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会で客員指揮者としてタクトを振った。
 小学生の卒業文集に書いた夢を約40年経って実現させた事、日本人として、小澤征爾氏に継ぐ2人目という快挙に驚嘆するばかりだ。長年の大きな夢を叶え、「被災地の方々には夢を持ち続けて欲しいというメッセージを送りたかった」と語っている。夢をあきらめないで信じて努力することの大切さを、自らの体験で示したメッセージほど、心に強く響くものはないと感じた。
 夢を実現した佐渡氏だが、ベルリンフィルの初指揮決定後から、演奏会までの多くの時間を費やした下準備、団員との練習、それらへかける熱意と努力にも、さらに心をひきつけられた。子どもから大人まで、大小様々な夢と希望をもち、いつか叶えたい願望があるだろう。今の日本の置かれた現状をみると、自分の意志どおりに進めることが難しい環境もあるだろうが、夢をあきらめないで頑張って欲しいと願う。夢を強く信じて努力を続けることが、難しいことでも可能に変えていくような、大きな力を生み出すことになるのではないかと感じる。特に、これからの日本の将来を担っていく子ども、若者たち1人1人には、自分の未来に夢をもつこと、希望をもって夢の実現を目指して前向きに進んで行って欲しいと強く願う。
 夢が叶った時の喜びは、強く願い続けた本人にとって何物にも代え難い幸福感と心に豊かさをもたらすに違いない。結果として叶わなかったとしても、また新たな夢をもつことで、実現目指して頑張ることが出来る。指揮者、佐渡氏の話に戻すと、「夢が叶った瞬間、また新たな次の扉が開いたように感じた。まだまだ勉強をしないといけないと」。1つ叶えば終わりではなく、また新たな次の目標が見えてくる。夢や希望をもつこと、もち続けていくことの繰り返しなのかもしれない。それは人生最後まで続く課題なのではないかと気付いた。(スタッフY)

こどもを育てるということ(2011.7.7)

今回のU-17サッカーワールドカップの成績は素晴らしかった。掲示板.jpg
選手一人一人の実力もさることながら『チーム力』が高いと評価されている。ある時期から将来、世界に通用する選手に育つようにと、先を見据えた選手選び チーム作りを心掛けたというのだ。
 彼らの活躍を見ながら、教育というものも 将来を見据えた長いスパンで考えるべきだと思った。数十年先、日本人が世界中の色んな場で活躍している姿を想像すると、今回のワールドカップのようにワクワクするではないか。
 ここ数年になって 企業や学校単位で公用語を英語にする、など耳にするようになったが日本の教育がそこに繋がっていない気がする。子どもは「国の財産」と考え、義務教育の中でしっかりした人間形成、知識も与えてもらいたい。
海外の教育の方がいい、とは思わないが、アメリカの大学ではレポートをまとめ、それを発表しあいディスカッションする、という授業が多いと聞く。社会に出たとき、日本人の私たちが、彼らと同等の知識や考えを持っていたとしても、話し合いや交渉で互角に戦えるだろうか?語学に限らず、意見交換するという経験を、今の日本の教育の中で重きを置いているのだろうか。
 勿論家庭での役割も大切だ。赤ちゃんのうちにたっぷり愛情を与え 言葉を覚える頃からは、生活の中でのルールを教える。子供の成長に合わせて 様々な経験をさせてあげる。社会に出た時に、我が子が何かしらの役に立つ人間であるためには、少なくとも自分の事は自分で出来る人間に育てて社会に送り出すのが家庭での目標だと思う。
 話しをサッカーに戻そう。今回のU-17に選ばれた選手達は メンバーが入れ変わっても、ポジションを変えても意思疎通が図られ、パスが通るのが強みだったそうだ。スタメン、中途投入の選手、誰もが自分の役割を理解し、自分たちで試合を組み立てるという自立心も持ち合わせていたとのこと。
 ゆとり教育の真っただ中に子育てをした私は、これからの子供達が将来、得意分野でもっと世界で活躍出来るような教育を望む。(スタッフM)
 

東日本大震災の避難所での食事問題を考える(2011.7.7)

 今、避難所での食事について、問題点などを少し考えてみたいと思う。
震災直後から暫くは、日持ちのする救援物資の食料、おにぎりやパン、カップ麺等が中心で、とりあえず食べて生き延びるという感じが強かった。日数が経った今、栄養面等で様々な問題点が見えてきた。今後、被災者が仮設住宅等に入居するまでの避難所生活を想定すると、それまで健康を維持するために栄養的な観点で食事内容を見直し、改善していくことが当然必要となってくると思われる。
 避難場所間で食事内容に格差があると言われている。それは被災地域が広く、避難所の立地条件その他で届く救援物資が異なることや、食事の作り手、ボランティアなどが足りないことも考えられるであろう。行政の支援や、ボランティア団体等で食材を工面し、配送出来ないものだろうか。心情的に何とか改善、対処をお願いしたい。
 4月6日の調査では、気仙沼市の避難所で一日3食の食事が出来ていない、肉、卵が一食もない、野菜がないところが3〜4割もあった。この状態が続けば筋力が落ち、気力、体力低下、さらに免疫力低下に陥り、感染症にかかりやすくなる。特に幼い子供や高齢者において注意が必要だと思う。また、2ヶ月間の避難生活で便秘に悩む被災者が多い。その背景には、心理的ストレスと生活環境の変化、野菜不足で食物繊維が取れない、トイレ事情で水分摂取を減らすこと等がある。  
 更に心配なのは、食事制限が必要な糖尿病や腎臓病、高血圧など持病のある人が、健常者と同じ食事を摂取することにより、病気を悪化させることである。避難所の責任者や巡回に来る医師、保健師などに申告して制限食の用意をお願いする等相談をすることが大切だと思う。被災者の皆が不自由な避難生活を我慢しているから、個人的な事情を言いにくいと黙っていたら、命に関わってくる問題になりかねないので遠慮せずに声に出して伝えて欲しいと思う。
 これからの季節、食材、食品は腐りやすくなり、保管の面で心配である。今まで以上に衛生状態に気をつけ、食中毒が発生しないように徹底した対策と指導をして欲しいものだ。また、暑い夏での脱水症状にも注意しなければならない。
 栄養士は、今後も避難所での栄養を考えた献立作りや栄養指導をするなど、行政と連携した活動ときめ細かな対処をお願いしたい。
 不自由な避難生活と、将来の見えない不安等に耐えている被災者の事を考えると、助かった命、心身共に健康であり続けて欲しいと、ひたすら私は心から願うばかりである。被災者の方が一刻も早く仮設住宅等に入居出来るよう、そして、私が再認識した、家族や友人と一緒にいただく”食事”
というささやかな幸せなひと時を、被災者の方にも感じて欲しいと心より願ってやまない。 (スタッフY)

東日本大震災における心のケア(2011.4.19)

 311日の東日本大震災発生から、早くも一ヶ月が過ぎた。被災者が避難している場所での生活も、ある程度物資も行き渡るようになり、当初よりは落ち着いてきた感がある。

 しかし、まだまだ先行きの見えない状況は続いており、長引く不自由な避難生活でストレスもたまり、体、心に与える影響は時間の経過と共に変化し、増えているのではないかと思う。被災者には高齢者も多く、持病の悪化や、運動不足などで体調を崩し不安を抱えている事もあるだろう。震災で受けた恐怖、仕事を失い、今後の生活への不安、家族を失った悲しみや喪失感等、各々の心が受けた精神的ストレスは大きいと想像できる。心で泣いていても、顔では笑っているという被災者もいるはずだ。 

 このような状況だからこそ、震災後に避難場所へ医師や保健師による精神的ケアの訪問活動や、被災者に寄り添い、話を聞く傾聴ボランティア活動が行われているのは、被災者に対してとても意味のある大切な支援活動であると思う。人間は強さも弱さも持ち合わせている。今現在、心がダメージを受けている人。または、生活再建に向けて頑張ろうと力が入っている人でも、ある時、心が疲れる事があるかもしれない。そのような時に、話を聞いて相談に乗ってくれる、心のケア支援があれば、心が軽くなり、心の重症化を防ぐ事が出来ると思う。 

 阪神大震災時の時は、ある程度生活が落ち着いた震災12年後から、被災者の相談が増えだし、生活がある程度落ち着くと、将来の生活や対人関係の悩みが増加したという。高齢者の孤独死も多く、様々な悩みによる自殺者も出たと記憶している。近隣の住民との交流があれば防げた問題かもしれないが、そう出来ない状況にあった人達を、何とか把握して防ぐ様な対策は出来なかったのであろうか?

  東日本大震災でも、避難場所から仮設住宅や公営住宅に入居する人が増えると、残っている人は取り残された感を覚えて不安が増すだろう。集落、地域一緒の引越し入居も、現実的には、なかなか難しいであろう。生活再建の段階に応じて、長期に渡って相談に乗る体制作りが必要であると強く感じている。阪神大震災時の取り組みを参考にし、反省面は見直して改善するなど、より良い心のケアの体制作りをして、自治体やボランティア活動団体など、息の長い支援活動をお願いしたい。相談窓口を設けて、広報誌やホームページで案内をのせるなど、被災者の多くの方に広く伝わるようにあらゆる努力を願いしたい。

  また、悲しいことだが、東日本大震災で両親を失ったか、行方不明の震災孤児は、4月8日現在、82人と多い。子供が親の死を受け入れられないケースが多く、年長の遺児は親の死に後悔や自責の念を持ったり、年少では恐怖、おびえが多いという。たった一人残されてしまった子供達の悲しみはどれほど深く大きいものであろうか。まだまだ親に甘え、頼りたかったであろうに。子供達へ十分な心のケアはもちろん、引き取って育てる側にも心のケアを行ってもらいたいと心から願っている。(スタッフY)

住みたい町(2011.4.6)

 引っ越し先を考える際、住みたいのはどんな町だろう?
通勤を考えて、駅やバス停が近い便利な場所。また生活を考えるとスーパーが近く、病院、銀行などが揃っている所。子供がおられる方なら学校も近い方がいい…等の条件が頭に浮かぶかもしれない。が、その条件が全て整っていたとして「ただし治安が悪い」という条件が加わったらどうだろうか。
 日本は犯罪の少ない国、というのは一昔前の話。都会、田舎関係なく犯罪は起こっている。私の父が転勤族だったため、何度となく引っ越し、転校を経験してきたが、不動産屋からの話と同時に、新居近くの交番やお店に治安のよさを尋ねていた母を思い出す。
 余談になるが、阪神淡路大震災の時、潰れた家の瓦礫から生存者を捜索する際、隣近所の方が「この家の方はこの部屋で寝ていた」とか「この家の方は帰省していて留守のはず」などの情報が得られ、スムーズに事が運んだ地域があった、という話を聞いたことがある。つい先日の東北地方太平洋沖地震では、地震直後「津波が来るから逃げなさい」「あの山に逃げなさい」という声を誰彼ともなく耳にし、そのお蔭で助かった、という話も聞かれた。
 隣にどんな方が引っ越して来たか判らない、プライバシーを重んじるがために、深入りしない、と、なりがちな今の世だ が、治安のよさとは、たまたま犯罪が少なかった、というものではないのだと思う。ご近所の方を知っている、中には私生活まで知りえる関係がある。そんな人と人との繋がりがあるからこそ、不審者に気付く、普段見かけない車両に気付く、そして結果的に犯罪を遠のかせているのだと痛感する。
 このたびの東北地震で被災された方々が、避難所から新しい生活の場へ移住することになる。集団避難や移転に於いて、災害前のコミュニティー単位で移住出来るのが理想だが、現実には難しいだろう。そんな新しい移住先で、人と人とが繋がりを持てる町づくり、誰一人孤立することなく再出発出来るような町づくりに、行政の関わりを大いに期待したい。(スタッフM)

地方議員定数は削減すべきか?(2011.3.18)

 最近、議員定数削減が議論になっています。地方議会議員について妥当な議員数は、何名ぐらいなのでしょうか。地域人口、その地域の特殊性など一律に決めることは難しいと言えますが、一つの目安として住民人口をベースに調査して見ました。
 全国県庁所在地の議員数および住民人口より議員一人あたりの住民数を調査しました。一番多いのは、やはり横浜市で40,104人に1名の議員となっています。逆に一番少ないのは、鳥取市で5,483人に1名の議員となっています。全国県庁所在地の平均は、14,789人に1名の議員となっています。ちなみに話題の名古屋市は30,185人に1名の議員です。
 議員定数は地方自治法により人口に応じた定数上限が規定されており、定数は条例により定めることになっています。時代は議員定数削減や議員報酬削減の方向に向かっているようです。議員定数を大幅に削減する場合、地域住民の意見を広く集約する方法も合わせて考える必要があるのではないでしょうか。
 なお新聞記事によると、大阪市議会では議員報酬を20%削減する条例改正案を会期末に賛成多数で可決する見通しのようです。これにより市議報酬は現行の92万1千円から77万6千円に下がる。地方議員報酬についても今後調査してみたいと思います。(スタッフK)

政務調査費の金額は妥当か?(2011.3.10)

 政務調査費とは、地方自治体の議員の政策調査研究等の活動のために支給される費用である。政務調査費の詳(金額も含む)は、各自治体の条例により定められている。
全国県庁所在地(東京都は新宿区)の政務調査費の交付額を調査した。
議員当たり月額の最高は大阪市の60万円、最低は松江市の2.5万円で全国県庁所在地平均は約17万円である。住民一人当りの負担月額の平均は14.3円(年間約172円)である(大阪市:19.6円、松江市:4.4円)。外部監査や住民監査請求などにより使途が不適切であるものも指摘されている。使われ方次第で多いとも少ないとも言えるが、住民のための政策立案に向けて調査研究等に有効に使ってもらいたいと考える。
 地域主権・地方分権と言われる時代に住民目線の政策実現に向けて税金を有効に活用する議員が多く輩出されることを望む。
 最近はインターネットを通じて議会や議員の活動も情報公開されているので、住民もこれらを利用して議員活動に目を向け、チェックすべきであろう。(スタッフK)

食育について考えたこと(2011.2.22)

数年前から、食育ブームが続いている。
企業、食品メーカーでも積極的に取り組んでいて、学校への食育出前授業や、料理教室を開催したりしている。

※食育とは、2005年6月に食育基本法が成立した「食育によって国民が健全な心身を培い豊かな人間関係を育むことを目的とする」ものである。
※2006年3月には、食育推進基本計画が策定され、内閣府を筆頭に厚生労働省、文部科学省、農林水産省、地方自治体も取り組んでいる。

国を挙げての取り組み、食育について少し考えてみたいと思う。
先日、日経スペシャル、ガイアの夜明けというTV番組で、「日本の食卓〜一日の計は朝食にあり〜」が放送された。
放送内容の一部に、「ライフスタイルの変化で一番影響を受けているのが朝食」だと、長年日本の家庭の食卓を研究してきた専門家による指摘があった。
家族がばらばらの時間に違う内容の食事を摂取している家庭。また、写真に撮った朝食内容紹介では、栄養的にも、とりあえず食べただけ?と感じさせるものであった。
この映像を見て、2006年6月のTV番組、NHKスペシャル「好きなものだけ食べたい〜小さな食卓の大きな変化」で衝撃を受けたことを思い出してしまった。

ある小学校の生徒達が一週間食べた朝食内容を写真に撮ったものを紹介していた。
菓子パンにジュースとか、お菓子やおせんべい、又は取り合わせのおかしな食品も中には含まれていた。これらはかなり栄養的に偏っていて、これが成長期を支える子供達の食事と言えるのかな?と驚き、問題視したのを今でも鮮明に覚えている。

この番組放送から約5年近く経っているが、食育推進運動が浸透して朝食、食事事情は好転しているのだろうか?
子供たちの一部では、ゲーム遊びや塾通いで就寝時間が遅くなる傾向がある。朝はぎりぎりまで寝ていて、起きても時間に余裕がなく、食欲が十分に沸かず、食べても簡単なもの、時には欠食することもあるのではないだろうか。朝食欠食の子供は、小、中学校の全国学力テストや体力テストにおいて、朝食摂取の子供より低いというデータが出ているという。 
学びの場の学校で、集中力に欠け、持久力も低いのでは、心身ともに健全に育っていく面で悪影響を及ぼす心配がある。

働き出した忙しい母親にとっては、食事作りの時間的余裕もあまりないので、ついお惣菜を購入したり、レトルト食品、冷凍食品も常備していて使用することがあったりする。
私も、お惣菜や冷凍食品をお弁当のおかずとして、ほんのたまに使ってしまうことがある。
また、便利なコンビニやファーストフード店の発達により、子供たちは何時でも手軽に飲食物、個食を購入できるようになった。
当然として、味覚は化学調味料や濃い味に慣れ、摂取カロリー面でも摂りすぎの心配もある。
それは時には必要で仕方のない事だとしても、家庭での毎日の食事内容が栄養的に偏っていて、子供
の偏食が強かったらどうであろうか?
子供でも肥満や糖尿病になるなど、生活習慣病を発症してしまう可能性は十分にある。
逆に、痩せたい願望で少食であれば痩身となる。
どちらとも、大人に向けて体の土台作りとなる大切な時期に、健康を害するような心配があってはならないと思う。
自給率が低い日本で、食品があふれている現在、自分の考えで如何に良いものを選ぶかと言う知識が、まだまだ欠けている人々が多いのではないだろうか。

一昔前のように、家族一緒に揃って食事を摂る家庭は少なくなり、母親と子供達だけという食卓風景も珍しくなくなっている。
高校、大学、社会人になった人達では、一人で食事を摂る、孤食や朝食欠食も増加傾向にあると言われている。
一人暮らしを始め、仕事が夜遅くまでかかるとなれば、生活リズムも乱れてしまう心配がある。
それを裏付けるかのように、20代では3人に1人は朝食を欠食というデータがある。(2008年度、厚生労働省)

家族と一緒に同じものを感謝しながら、美味しく楽しくいただくという事で健やかな精神が育ち、交わす会話などで親から学んでいくことも多いはずである。(スタッフY)

市長の暴走を止められない地方議会とは? (2011.2.5)

 2月4日、住民5人が国立市を相手取って違法な支出差し止めを求めた訴訟の判決が東京地裁で言い渡され、住民側が勝訴した。これは、国立市が住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)に接続していないことに起因する問題であり、裁判長は「市の対応は、住民の利便性向上や行政の合理化という住基法の目的達成を妨害している」ことを認め、「法律を誠実に執行すべき自治体が立場を逸脱すれば、法秩序が混乱する」と市の姿勢を批判した。これに対して、国立市の関口市長はかたくなな姿勢を崩さず控訴する方針である。

 住基ネット問題は、すでに最高裁でも「国民のプライバシーを侵害するものではない。合憲である」旨の判決が下されており、それでもなお住基ネットへの接続を拒む自治体とは一体何なのであろうか。住基ネット切断の不利益として、パスポート申請のために住民は住民票を取得する必要がある、年金受給者は年に現況届を市の窓口へ提出しなければならないことがあげられているが、それだけではない。今年の4月から住基ネットと日本年金機構では情報の連携が実施され、基本情報の変更届を提出しなくても年金の基本情報は最新状態に保たれ、消えた年金問題は二度と起こらないようなる。しかし住基ネットに参加していない国立市と矢祭町の住民はこのような恩恵を受けることができず、消えた年金問題に再び直面することになる。これは自治体が住民の権利を侵害することに等しい。

 国立市議会は接続を求める決議を以前にしているというが、国の法律に従わず、住民の権利を侵害することにも無頓着な市行政をこのまま放置するつもりなのだろうか。差し止めを命じられた「ネットワークシステムサポート委託料」について、今年度と同額の約56万円が新年度予算案に計上されており、議会がこれを承認するのかどうかが一つの鍵になる。もし承認するとなれば、議会は「法に従わず、住民の権利を侵害する」市長に同調することになる。抽象的な不安を煽り立て、大衆の人気を取った者が首長に選出されるケースがまま見られるが、地方議員はそのような首長の暴走を止める役割を果たさなくてはならない。国立市議会議員は、「法の重さ」や「住民の権利」を真剣に考え、3月議会に臨むべきである。 (サポーターE)

この冬の豪雪被害に思うこと (2011.1.28)

  この冬日本列島は、記録的な大雪に見舞われている。大渋滞や立ち往生を避けるために国は早めに国道を封鎖する方針を打ち出した。
特定の場所に一気に雪が積もった場合、除雪作業の対応が出来ない事例が相次いだことがあり、その背景には、除雪を担ってきた地方建設業の衰退、作業員の高齢化、重機も老朽化という事情もあるという。
除雪の仕事だけでは、とても重機の買い替えも出来ないという危うい状況にある建設業者もあり、何とも悲しくやり切れない思いを抱いてしまった。

 雪深い地方では、高齢化、過疎化が進む地域が多く存在している。
このような地域での日々の暮らしの中では、家の周囲に積もった雪かきすら重労働であり、危険性も持ち合わせている。特に高齢者にとって除雪作業は一番の困りごとであろう。
 島根に住む友人からの便りからも、年末からずっと、毎日雪、雪で、何かと不便な思いをしていて、うんざりしているとのことであった。
住民の生活は、まずは除雪がスムーズに行われることがあって始まるのだと思う。

降雪は自然現象とは言え、想定外の豪雪も今後もあり得ることだろう。この現状を少しでも改善するべく、国、県や市、町、村において、対策方法を検討し、迅速に除雪作業が実施できる仕組み作りが求められていると思う。

 その試みの例として、
鳥取県では除雪の担い手確保に、業者に頼らずに自前の県職員を豪雪時に動員させる「人材バンク」を作り、国と島根県、松江市を含む近隣の2市1町が一体で除雪できる仕組み作りを目指して今月から話し合いを始め、県と市で連携して県道、市道の区別なく共同で除雪もしたという。このような取り組みが、各地方で行政機関で活発に行われていく事を心から願っている。

行政機関の取り組みははもちろん、助け合い精神のボランティア活動なども活発になって欲しいと思う。 この冬の豪雪被害について考えてみると、様々な面で深刻な問題点がたくさんあり、深く考えさせられてしまった。それらが少しでも改善されていくよう、願うばかりである。(スタッフ Y) 

最近の子育て支援に思うこと (2011.1.27)

 先週の日経新聞に、最近は育児もネットから学べるようになったという内容の記事があった。
 紙おむつや粉ミルクなどの会社がコラボしたサイト、医師や保育士がコラムを掲載するサイト、また携帯の経路検索サイトも「子育て応援特集」を始めたとあった。手っ取り早く情報が得られ、時間も掛からずに専門家のアドバイスを得る事が出来るのは大変便利だ。 発達不安など、知り合いに打ち明けにくい悩みも、ネットでなら相談しやすい。
 同じ悩みを抱えるママ達とも相談し合えるサイトもあるそうだが、人間関係が益々希薄になっていると寂しさを覚えるのは私だけだろうか。

 核家族が圧倒的多数になった今の日本社会。親に相談したいと思っても、実家の親も働いてる場合も多い。専業主婦が ゆっくり育児に専念出来た、私の子育て時代(1988〜)は、公園に行けば先輩ママ達に色んな話しが聞けたし、幼稚園への送り迎えの際に先生に相談も出来た。また幼稚園のお迎え帰りには、同じ"園"に通う友達ママさん宅に行き来し、一緒に子育てをしてきた。私より大きな子を持つ先輩ママ達には色々なアドバイスをもらったものだ。
ネットから情報が得られ、育児がしやすくなったとは言え、実際"母親が病気になった"とか、何らかの不都合により"保育園へのお迎えが遅れそうだ"といった時には、ネットでは解決出来ない事もある。ご近所か、あるいは友達など、いざという時に頼れる人間関係は、こういう日常から築かれていくのだと思う。

 さまざまな企業がこどもを持つ親達のためにネット環境での子育て支援を提供し始めたという今回の記事。 国は(賛否両論あるとはいえ)、昨年から子ども手当を支給しはじめた。 生活の場である地方自治体には、コミュニティの場の提供や、人と人を繋ぐような、身近で手の届く支援を期待したい。 (スタッフ M)

▲このページのトップに戻る